解説嬉野温泉の歴史

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嬉野(うれしの)温泉の歴史は非常に古く、神功皇后(201~269年)の時代まで遡る。

戦いの帰りに傷を負った白鶴を見付け心配していたところ、河原に舞い降りて湯浴みすると元気に飛び立っていった。そこには温泉が沸いていて、戦いで傷ついた兵士を入れると傷が癒えた。それを喜んだ神功皇后が「あな、うれしいの」と言われたことから、嬉野のという地名となったと伝えられている。

和銅7年(714)の「肥前国風土記」には、万人の病を治す名湯として嬉野温泉の名が挙げられている。

江戸時代には、長崎街道の宿場町として栄え多くの人が往来していた。

「東西遊記」や「西遊雑記」など、多くの紀行文・旅日記にも嬉野温泉のことが書かれており、江戸時代にはかなり知られた温泉であった。

戦後は、福岡都市圏の奥座敷として栄え、西の別府といわれるほど歓楽温泉として発展した。


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